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「集団と個人の調和」を論述するヒント
By admin | 6月 20, 2008
小論文を論述する際、体験した事柄を例として用いて、そこから集団と個人の関係を考察しましょう。具体的な例について考察したところをもう一歩、深い考察まで進めることができると、具体例からあなたの結論へのつながりが読み手にわかりやすいものとなるはずです。また、個人と集団の望ましい関係について深い考察をおこなうことでさらに結論に説得力を持たせることができます。
まず、例の中で、たとえばお年寄りに席を譲ることへ躊躇する気持ちについて、その理由がどこにあるのか自分を客観的にみつめることをこころがけましょう。席を譲る際の「周りの目を気にしないという勇気」は、電車内と集団に対するあなた個人の勇気ですね。この場合、電車内という範囲は偶発的なものですから、ひろく社会一般と考えることが可能かと思います。また、この「勇気」という言葉は、いわばキーワードです。一般社会のなかで個人が持つ必要のある「勇気」とはどのようなものなのか、その点について深い考察があると、あなたの主張が強い説得力を持つことができます。例えば、「勇気」を持つことによって、集団内で個人が自分の思いを表現することでどのような良い点や悪い点があるのでしょうか? 逆に「勇気」を持たないことで、個人が受ける良くない面はどのようなことでしょうか?
また、こうした例は、個人が集団の思惑に遠慮しがちなものですね。この場合、集団の思惑にとらわれずに、個人としての意見や行動を実行に移すことは、道徳的にも是とされると思います。つまり個人としての意見が、集団によって妨げられている例ということができますね。では、個人にとって、集団には悪い点ばかりがあるのでしょうか?個人では実現不可能なことも、集団ならば可能となることもあるのです。例えば、寝たきりのお年寄りを個人で面倒を見ようとすることは大変なことです。しかし、施設などで複数の人が仕事を分担することで、お年寄りの世話をすることはどうでしょうか。個人で行うよりも、はるかに一人一人の労力という負担は軽減されますね。これは、集団が良い目的をもって作られた例なのではないでしょうか。そして、個人として集団にどのようなことをすることができるのかを考える必要がある集団ではないでしょうか。
好むと好まざるにかかわらず、人は何らかの集団に属することとなります。そして集団には集団となった理由があると思います。もちろん個人にはそれぞれ個性があるのですから、同じ集団に属していても、様々な意見を持つことは当然のことと思います。しかし、その中でも「自分も個人であると同時に、集団を形成している一人・・・」ですから、自分以外の人の自己主張に耳を傾けることはとても重要なことですね。自分を外側から見つめるという、客観的な視点を持てることは素晴らしいことです。
また、その集団がなぜ必要だったのか、どのようにして出来上がったのかという集団が持つ意義も考え、いろいろな集団が存在することにも目を向けてみてください。個人と集団とをまったく交わりのない単位として扱うのではなく、集団の中に個人があり、個人の集まりが集団をかたちづくるという捉え方で、お互いの関わり合いや影響力について考えてみるとどうでしょうか? また、個人と集団との関係を決定付ける要素とは何か、その要素は社会の中ではどのように解釈されているのか、あるいはどのような問題があるのか、個人と集団の関係にまつわる問題をどのように解決し得るのか、といった現実的な課題解決につながる分析に発展させてみましょう。そして、集団に個人が負う責任についても、集団を構成する個人として考察をしていただきたいのです。そこから、あなたが結論付けた個人と集団の望ましい関係とは異なる関係もみつけることができるかもしれません。
ところで、個人が集団で個人としての行動をとる場合、「勇気」のほかには必要なものはないでしょうか? 「勇気」をだして電車内で席を譲り「いい子ぶって」と思われたとしてその次に必要なものは何だと思いますか? そのような意見をはねつけるだけの毅然とした態度も必要なのではないでしょうか。「勇気」には、集団が持ついろいろな思惑に打ち勝ち、個人が行動することで生じる軋轢等を個人が責任を持って受け止めるという覚悟も必要なのかもしれませんね。
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