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抽象的なテーマ『心と機械』に関する考え方の例
By admin | 9月 1, 2007
小論文の課題テーマには抽象的で扱いにくい課題があります。たとえばは機械、心といった一見相反するものをどのように明確に分けることが出来るか、という形で問われる出題です。その奥には「生」の問題が深く根ざしていることが理解しましょう。もちろん直接「生」の問題としてすり替えることは好ましくありませんが、「機械」や「心」を、あなたの立場で捉えなおす作業の過程で、「生」に対する問題意識にたどりついたことが表現できることを目標としましょう。
「心」というキーワードを設定して「機械」を読み解くカギにします。我々人間が当然持っているものとして「心」をあげ、その有無を議論することによって「機械」をどのように扱うのか、ということを考えます。この点において大切なことはもちろん「心」がどういったものであるか、という分析です。あなたが「心」を「主観的な意識」と読み替えて、その「意識」について自分なりの考え方を示してください。
「心」の存在を掘り返し、その意味を定義するのは非常に難しいことです。現にいかなる哲学者も明確な答えを出すに至っていません。この難しいテーマについて、正面から取り組むことは非常に意味深いことですが、直接この核心に迫ることは無謀といえるでしょう。このテーマに対するある一面からの分析を論理的に、深く探ることが、この核心に近づく手段としては妥当ではないかと感じます。
「命あるものに心がある」というヒトが一般的に持つ印象についての分析を行ってもよいでしょう。ここでは当然「命」に対するあなたの考え方を問われることになりますね。われわれが一般的に「生きている」と判断する基準はなんでしょうか?あなたの考えるその基準をある程度満たしていれば、我々は「生きている」と判断するわけです。この「生きている」ということを考えることが、ひいては「心」という存在、はたらきを掴むことになるでしょう。
また、機械である物体に「生物」としての「働き」を与えるかどうかが論点になります。あなたはたとえば、カブトムシが怖がっている、嫌がっている、痛がっているなどの気持ちつまり「心」を持っているように感じることもあるでしょう。なぜカブトムシに心があるように感じたのでしょうか? ひとににそのように感じさせる現象があったからではないでしょうか。
言い換えるならば、ひとに「心」がなければカブトムシの「心」を認識しなかったとも言えると思います。結局は人間が作り出したプログラムに沿って、ロボットは行動しているに過ぎないのならば、人間はロボットに対して、あたかも心があるように接する場合もあると考えた方が妥当だと考えられます。人間がロボットに、自分の感情を投影させている(つまり一種の感情移入)ということですね。あるいは、ロボットの学習機能を高めて、大量の情報処理を可能にし、多種多様の具体的な行動パターンをロボットの「心のようなもの」として、人間は錯覚し、主観的な判断をしているのだ、と考えられると思います。
このように考えていくと、最終的に「ロボットに心を持たせる」のは、人工知能でも遺伝子工学でもなく、認識主体である自分自身の意識や感情のはたらきに他ならないということになります。人間は自分の感情を、感情をもつはずのない機械にまで投影(あるいは感情移入)させてしまうものなのです。そこが人間の心の本質とも言えるところであり、すばらしいところだと考えられるのですね。このあたりをしっかりと把握して、「生きている」ということがどういうことなのか、考えてみましょう。
そういった意味では終末期医療の問題や、脳死問題など、「生」を直接テーマにしている問題と考えるべき点はほとんど変わらないと思ってよいのではないでしょうか。科学技術の驚異的な発展によって、現代は人間そのものですら、試験管の中で作り出すことができる時代になってきています。(クローン人間、ES細胞を利用した再生医療などがありますね)このような世の中で、「人間の心の価値」について深く考えることは、生命体としての「人間の存在価値」を深く考えることにもつながります。奥の深い精神世界にまで眼を向けると、とても難しい問題になってしまいますが、難しいテーマだからこそ論点を的確につかみ、より深く自問自答する姿勢を、今以上持つように努力していきましょう。
Topics: 難しい課題文への取り組み方 |
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